志方天神山城

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志方天神山城 播磨には複数の天神山城がありますので、こう書かせていただきます。
加古川市志方町にある山城です。軍師官兵衛で出てくる、妻の実家、櫛橋氏の城だと言われています。
櫛橋氏は、三木の別所氏が織田家に反旗を翻した時、櫛橋氏はここには籠っていないと言われています。
かなり近くにあるもっと大きく立派な中道子山城にも籠っていません。
別所氏に従った勢力は、自分の館城に籠りました。
理由は、鉄砲対策にあるように思います。このころ塼(せん 多分日干し煉瓦だろう、焼成したものは高価だったと思います)を入れた土壁で防ごうとしたと何かに書いてありました。山城では、土と水は平地ほど入手が容易ではありません。しかし山城では、木材が豊富です。武士は普請(土木)は自分たちでしますが、作事は基本的には自分たちではしません。製材し5cmくらいの厚さの板で郭を覆うには、釘も必要でしょうが、釘は貴重品で使えなかったでしょう。
山城が少なくなるのは、やはり防弾に土壁を使い、その厚さや石を塗り込めるなどの対策を行うには、水や土が入手困難だからと思いますが、どう思われますか?

奥が中道子山城

奥が中道子山城

志方天神山城 主郭

志方天神山城 帯郭の西の堀

志方天神山城 帯郭の西の堀

志方天神山城 東の堀切北側から

志方天神山城 東の堀切北側から

志方天神山城 堀切

志方天神山城 堀切

志方天神山城 北側堀切

志方天神山城 北側堀切

志方天神山城 主郭南西郭

志方天神山城 主郭南西郭

堀切の北尾根にある横穴式石室

堀切の北尾根にある横穴式石室

志方天神山城 天神山城は、はり